DDoS攻撃まで起きた韓国インターネット選挙戦の“過熱”


 韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領の政権基盤となる与党、ハンナラ党が揺れている。今年10月に行われたソウル市長選挙で、同党議員の秘書が中央選挙管理委員会や野党系候補のホームページにDDoS攻撃(分散型サービス拒否攻撃)を仕掛けたとして逮捕されたのだ。首都の首長を決する選挙でのDDoS攻撃事件、韓国政治に今、何が起きているのか?

国会議員秘書が選管や対立陣営をサイバー攻撃

 韓国メディアによれば、逮捕されたのは与党、ハンナラ党の国会議員、崔球植(チェ・グシク)議員の男性秘書とIT会社の代表、社員ら。10月26日に投開票されたソウル市長選挙は野党、民主党系候補の朴元淳(パク・ウォンスン)氏が圧勝したが、その投開票当日に中央選挙管理委員会のホームページにDDoS攻撃があり、午前6時15分から午前8時32分までの約2時間にわたり閲覧できなくなったという。また、朴元淳陣営のホームページに対しても10月26日未明から早朝にかけて2回にわたりDDoS攻撃が行われた。DDoS攻撃は複数のネットワークに分散する大量のコンピュータが一斉に特定のサーバーに情報を送り、通信路を溢れさせてターゲットとしたコンピュータの機能を麻痺させてしまう攻撃のことで、攻撃者はマルウェアを使ってゾンビ化させた第3者のコンピュータを悪用するケースがほとんど。ちなみに北朝鮮の犯行と見られている2011年3月の韓国への大規模DDoS攻撃では日本国内のコンピュータも悪用されたことが明るみになっている。

 報道によれば、崔球植議員の秘書がIT会社の代表にDDoS攻撃を依頼し、社員らが実行したらしい。朝鮮日報によれば、このIT会社の代表はホームページの制作を請け負う仕事などをしていたが、最近は賭博サイトの開設を目論みフィリピンで準備を進めていた。違法な賭博サイトはライバルサイトを攻撃するためにDDoS攻撃用のプログラムを所持していることが多いのだそうだ。攻撃を行った理由について朝鮮日報は「投票率を引き下げて選挙結果に影響を及ぼすため」との見方を示している。ソウル市長選挙は8月に与党、ハンナラ党系の市長が辞職したことに伴い行われた補欠選挙だった。ソウルでは市内の小中学生に対する学校給食費の無償化をめぐり与野党が対立。市長は所得制限付きの無償化を提案し住民投票によって決着を図ろうとしたが、所得制限に反対する野党、民主党や市民団体が投票のボイコットを呼びかけ、住民投票に必要な3分の1の票が集まらず無効となり、その結果、市長は辞任に追い込まれたのだ。ソウル市長選挙は、こうした経緯に加え2012年に実施される総選挙、さらには大統領選挙の前哨戦とも言われ、与野党が激しい選挙戦を繰り広げることになった。報道によれば崔球植議員自身はDDoS攻撃への関与を否定しているとのことだが、同議員はハンナラ党の広報責任者を務め、ソウル市長選挙ではハンナラ党候補の選挙公報を担う立場にあった。その議員秘書による対立候補へのDDoS攻撃だけに、野党にとどまらずメディアや国民の間にもハンナラ党の組織的な関与を疑う声があるようだ。

ブログやツイッター、SNSで選挙戦

 しかし、それにしても選管や対立候補の陣営にサイバー攻撃を仕掛けるという発想は日本の選挙では考えられないことだ。この点はインターネットが選挙に大きく関わっている韓国の事情を知らないと事件の本質は見えてこないかもしれない。「韓国の公職選挙法におけるインターネット関連規定」によれば、韓国では2004年にすでにインターネットによる選挙運動規定を含む公職選挙法改正案が成立している。2002年の大統領選挙で当選した盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏が欧米メディアからインターネット大統領などと評されたことをみても、韓国ではかなり早い時期からインターネットが選挙に利用されてきた。そうした実態のもとで2004年の法改正によって「インターネット等のメディアを利用した選挙運動を主流にする」ことが決定付けられたという。以来、メールやブログといったインターネットのメディアが、従来の選挙カーや電話、テレビなどといったツールを上回るようになり、今回のソウル市長選挙ではツイッターやSNS(ソーシャル・ネットワーキングサービス)が積極的に活用されたという。韓国・中央日報によれば、ハンナラ党の広報責任者の崔議員は事実上、SNSの対応責任者だった。毎日新聞によると野党陣営は約30人のチームでフォロワーが15万人を超すツイッターやホームページを管理して選挙戦にのぞんでいたという。これに対して崔議員は与党に協力的なブロガーやツイッターユーザーを集め、いかに野党陣営からの攻勢を防ぎネット上の世論を形成していくのか対策を講じていた。つまり、少し大げさな表現をすれば選挙戦自体が与野党の電子戦の場と化していた感すらあるのだ。

 韓国メディアは、ソウル市長選挙の投票日に「投票認証写真」をツイッターにアップした有名タレントが告発されたことも伝えている。グローバル・ボイス(GV)の記事「驚きの選挙、ツイッターが若者を投票に向かわせる」によれば、ソウル市長選挙では、ツイッター利用者が自身の投票を証明する「投票確認写真」をアップロードする行為が大流行、その結果、若年層の投票率が大幅にアップしたという。告発されたタレントの行為も同様のものとみられるが、同氏のツイッターには60万人を超すフォロワーがあり、「投票認証写真」をツイッターに掲載することは単なる投票を促す行為を超えて、禁止されている選挙当日の選挙運動に当たるというのが告発の理由らしい。この有名タレントは野党系候補への支持を表明していたとみられ、自身の投票をツイッターでアピールすることで野党系候補への投票を促すことにつながったというわけだ。ちなみに中央日報が投票日前に掲載した記事では、投票率が48%を超せば野党系候補、45%前後なら与党候補に勝算ありとの見方を示していた。ツイッターやSNSを使っての激しい選挙戦で両候補は接戦を繰り広げている。投票率が高ければ野党系候補に、低ければ与党候補に有利との情勢が伝えられていた。そんな最中に中央選挙管理委員会と対立候補のホームページに対するDDoS攻撃は行われた。しかも、指示したのは与党のSNS対策の責任者を務める国会議員の秘書であった。中央選挙管理委員会のホームページを攻撃することで投票所検索サービスを使えなくして、投票率を低下させる狙いがあったとみられている。

 韓国の検察は特別捜査チームを編成して捜査に乗り出しており、最近は金の受け渡しをめぐって浮上した国会議長秘書などへの捜査が焦点になっている。もし国会議員や党の関与があったとすれば一大政治スキャンダルに発展するだろう。市長選の敗北、DDoS攻撃事件によってすでにハンナラ党は解党の危機に直面している。韓国選挙研修院教授の高選圭氏の分析によれば、韓国のスマートフォン利用者は人口の4割程度に当たる約2000万人、ツイッター利用者は400万人だという。しかし、ツイッターの利用者層と政治的に影響力のある層が重なるところが韓国のツイッターの特徴でもあるという。民主党などの野党はそのツイッターを有効に活用して、若年層をも呼び込み勝利したと言える。「ツイッター、SNSを制する者が選挙戦を制する」という表現があながち大げさとも言えない実態があるようなのだ。電子戦を制した野党の攻勢で窮地に陥った李明博大統領が、訪日して慰安婦問題に言及したのは周知の通り。韓国のインターネット選挙戦は日本にも微妙な影を落としているのだ。