遠軽高校は遠軽町の誇りだ!



 朝日新聞は、1月7日から10日までの間、遠軽高校生の列車通学の現状を4回にわたって連載した。なぜゆえに遠軽高校が取り上げられたのかはわからないが、大変面白い記事であった。北海道の“郡部”に所在して、遠軽高校くらい部活で健闘している学校は、全国的にも珍しいと思ったのか?
 我が輩も、以前から遠軽高校の存在感を受けて、友人たちに遠軽高校を紹介するメールを送付していた。つまり、北海道の“郡部”に所在しながら吹奏楽部やラグビー部が全国大会に10回弱出場、更に野球部も甲子園に出場している。
 だが、最近は人口減少の煽りで生徒数も減少しており、全国大会を目指すには生徒数が心配な状況になっている。我が輩の時代は21クラス・950人であったが、現在は15クラス・600人に減少している。そうした中で、遠軽高校の吹奏楽部やラグビー部で活動したいために、約80分かけて美幌町から特急列車で通学する生徒が出てきた。このほか、北見市や紋別市からも、ラグビー部で活動したいために下宿生活している生徒がいる。
 話は少し横道に逸れるが、戦前、遠軽地域の子供が進学する場合、北見市か札幌市で下宿生活をすることになり、当然のことに裕福な家庭の子供しか進学出来ない状況であった。そこで、遠軽地域の先人たちが、下宿生活しなくても進学出来る旧制中学を遠軽町に創設したところ、遠軽町は交通の要所であるために紋別、滝上、興部など多方面から生徒が集まってきた。その意味では、昔から鉄道で通学する生徒が多い学校である。
 遠軽町の街中の人は怒るかもしれないが、昔は優秀な生徒は列車組が多かった。要するに、遠軽町の街中の生徒は商人の子供が多く、今風に言えば“勝ち組”である。それに対して、列車組の親は財産もなく、学歴もなく、そのために子供の教育には熱心であった。特に、公務員や公共企業体の親がそうであった。だから東大、京大、北大に進学した生徒の多くは、列車組が占めている。
 2年前、遠軽町の有力商店主(約65歳)と話す機会があった。本人曰く、
「列車通学の生徒は優秀であった。なぜなら、彼らは通学の度に教材を広げて、列車内で復習と予習をしていた。その点、街中の生徒は勉強しなかった」
と話してくれた。確かに、当時は蒸気機関車であったので、白滝〜遠軽間は約80分もかかり、生田原方面や、現在は廃線になっている湧別方面も十分に勉強する時間があった。
 さて、遠軽高校を弱体させないために何が必要であるのか。今のままでは、全国大会で活躍出来る生徒数を確保することは困難になる。そこで、町行政が他の地域から生徒を受け入れる施設を整備するべきだ。その施設は、夏休み期間中は合宿にも利用出来る建物にする。本州の夏の暑さは、とてもでないが野外でトレーニング出来る状況にないからである。
 このほか、白滝、丸瀬布、生田原など旧町村の人口減少が甚だしい。そこで、町行政が林業再生に努力して、教育熱心な公共企業体の職員(林野など)を増やして欲しい。
 遠軽高校は、遠軽町で一番誇りに出来る機関である。これからも、全国から注目される高校として存在して欲しいものである。