「個人データは『箪笥預金』と同じ」
情報銀行コンソーシアム代表 柴崎亮介氏 ㊤


コンピュータネットワークはどのような社会をもたらすのだろうか?そのカギを握るのは個人データだと言われる。個人のさまざまなデータを集めたビッグデータが新たな社会を創造するというのだ。今、国内においてその個人データを取り扱う「情報銀行」の取り組みが始まろうとしている。情報銀行とは一体何か?コンピュータ社会においてどのような役割を果たすのか?情報銀行コンソーシアムの代表を務める柴崎亮介・東京大学教授に話しを聞いた。

【柴崎亮介】しばさき・りょうすけ。1958年生まれ。1982年、東京大学大学院工学部土木工学科修了。建設省土木研究所研究員、東京大学生産技術研究所教授、同大学空間情報科学研究センター長などを経て、現在、同研究センター教授。情報銀行の実現を目指して発足する産学コンソーシアムの代表を務める。

【柴崎亮介】しばさき・りょうすけ。1958年生まれ。1982年、東京大学大学院工学部土木工学科修了。建設省土木研究所研究員、東京大学生産技術研究所教授、同大学空間情報科学研究センター長などを経て、現在、同研究センター教授。情報銀行の実現を目指す産学コンソーシアム代表を務める。

匿名化では納得されない

――個人データのビジネス利用というものが国内でも始まりつつある一方、個人情報保護法やプライバシー保護の観点から問題視する意見も多く、個人データをめぐる状況は混とんとしている印象を受けるのですが、どのようにご覧になっていますか?

柴崎亮介氏 Suicaの件(※)を見てもわかるように、企業が個人データを匿名化しても、ユーザー側からは「俺の個人データを勝手に使いやがって」という声が起きて、Suicaは結局、事実上のサービス停止に追い込まれましたよね。産業界の人は、匿名化をすれば個人とつながらなくなるのだから、匿名化さえしてしまえば後は自由に使っていいはずだ、だから匿名化してもらえるとうれしいと考えるわけですが、現実には匿名化したから皆が納得するということにはならないわけです。

――匿名化と言われても普通の人にはピンとこないし、個人データはそういう普通の人から得たデータですから理解を得るのはなかなか難しい。

柴崎氏 一方でサービスを提供する側にとっても、思いっきり匿名化して、思いっきり集計したデータというのは価値がないのですね。例えばSuicaのデータを最高に匿名化して集計すると、Suicaの利用者は何人いますというところまでいくわけですけど、そうするとさすがに4000万人とか、5000万人いるのでそのデータが表に出たとしても、「個人データを利用している」と文句を言う人はいないでしょう。でも、Suicaの利用者が何人いるかというデータをもらっても大抵の人にはあまり価値がない。匿名化をやってだれからも文句が出ないようにすると、データとしての利用価値はなくなるわけです。

――そもそも個人データの価値とはどういうところにあるのでしょうか?

柴崎氏 例えば防災で言えば、高齢者や体の不自由な人がどこに住んでいるのか、それは個人情報だけれども、情報があれば助けに行くことができますよね。しかし、どういう人がどこに住んでいるかは個人データだからプライバシー保護のため教えることはできません、ということだと助けに行くことはできません。プライバシー保護は大切だけれど、災害の時にはちゃんと助けに行ける仕組みを作る必要があって、それは匿名化のロジックでは難しい。


本人了解が得られる仕組み

――そうするとどのようなロジックが必要だと?

柴崎氏 ある種の共有化というか、個人情報保護法風に言えば、本人了解が得られれば、個人データは基本的にかなり自由に使えるわけです。だったらどういう条件なら本人が了解するのかというというアプローチを検討してもいいのではないか。個人情報を提供してもらえれば、災害の時に助けに行きます、医療情報も提供されます、ショッピングやその他のサービスも提供されます。でも、個人データを提供するか、しないかは、あなたの判断です、と。

――個人データを提供する側と個人データを使う側が互いに納得できる仕組みですね。

柴崎氏 それって銀行とよく似ていて、銀行って企業に融資するわけですが、そのお金は個人が預けたものですよね。銀行にお金を預けてなぜ大丈夫と思うかというと、銀行は監査を受けているし、社会的に信用があるし、倒産しても1000万円まではかえってくるという具合に保証されているので、安心して預けられる。預けたお金は銀行が、ある種、勝手に運用するわけです。ただ、勝手にとは言っても与信審査があって、危ないところには貸さないようになっている。だから、そういう意味では銀行って、個人の箪笥預金をモビライズして、箪笥預金を預けた人にとっても安心だし、与信があって投資されるので使う側も何年間でどれだけ利子を返せばいいとわかるのでいい。

――個人に納得の上でデータを「預金」してもらい、それを企業が使うことで社会にサービスを還元する仕組みを担うのが情報銀行なのですね。

柴崎氏 これから出てくるサービスというのは、個人データがあればかなりいろんなことができるようになります。個人のデータは、今はバラバラといろんなところにあって、それを本人のところに集めることは法律的にできます。自分の情報だから。でも、個人に集めたところで使い道はないので、それを使えるところに移しましょうと。しかし、管理をする組織がいるので、それは銀行という組織だろうし、個人データによって様々なサービスができるのであれば、必ずある種のリターンが考えられるので、そういうリターンを使って回していくことができるのではないか。そうすることで、今はおっかなびっくり使っている個人データを、企業側も安心して使うことができるようになるはずです。

カルテは医療機関に見せなければ役に立たない

――個人にとっても、企業や社会にとっても有益であると。

柴崎氏 個人の情報って箪笥預金と同じで、そのまま本人が持っていてもあまり役に立たないわけです。自分のカルテをたくさん集めて持っていても、それを医療機関に見せなければ役に立たないですよね。個人データを情報銀行によってちゃんと使える場に出して、もし、その銀行が信用できなければ、解約すればいいわけです。そういう自由度も銀行にはある。だから、ここでいう銀行というのは民間の企業であって国ではない。預けたくない人は預けなくてもいい。だけど、預けた人にはサービスが提供されるよということです。

――このような取り組みは海外でも始まっているのですか?

柴崎氏 イギリスではすでに実験を役所が始めています。アメリカは違っていてグーグルみたいなところがありとあらゆる所に手を伸ばして個人データをとっているというか、履歴をとっている。また、購買履歴などを出してくれたら、高く売りますというサービスをするところも出てきている。でも、自分の情報を売りに出す人って、あまりいい顧客ではないですよね。お金をもっている人は自分の移動履歴とか購買履歴を売りに出すとは思えない。なので、いいデータは集まらないのではないでしょうか。データを売り買いするというような即物的な考え方ではなく、「預金」というアプローチの方が展開はあると思います。(㊦に続く)

【情報銀行コンソーシアム】情報銀行の実現を目指し、必要な技術や社会受容性などを検証する産学共同のコンソーシアム。2013年12月より2016年までの3年間を活動期間として予定。実際に情報銀行を法人として立ち上げ、情報を信託する利用者・企業・信託された情報を利用する企業等との契約をはじめとする運用体制・ルールに関する検討も行う。

※日立製作所が2013年6月、ビッグデータの利活用として、JR東日本の交通系ICカード「Suica」の履歴情報を解析して作成する駅エリアマーケティング情報の提供を開始すると発表したところ、個人データの無断利用との苦情がJR東日本に殺到。メディアでも多く報道された。これを受けてJR東日本ではSuica履歴情報の日立製作所への提供を中止し、現在、有識者による会議を設置して対応を協議している。