賠償金0円で和解したレコード会社 ミュージックゲート訴訟


日本レコード協会に加盟するレコード会社など計31社が、株式会社ミュージックゲート(穂口雄右代表)が運営していたサイト「TUBEFIRE」(2011年8月サービス停止)で著作権侵害が行われていたとして、同社に約2億3000万円の賠償を求めた民事訴訟。2011年8月19日の提訴以来、東京地裁で争われていたが、2014年12月に和解が成立した。nonfiction Jでは訴訟の行方を継続して注視してきた。和解の内容について検証しミュージックゲート訴訟とは何であったのかを考える。

「権利侵害」はあったのか?

和解の主な内容は以下。
1.被告(ミュージックゲート社)は、被告が運営していたサイト「TUBEFIRE」において、原告らが著作権または著作隣接権を有するファイルのうちダウンロード可能になっていたものに関し、権利侵害があったことを認める。
2.今後も同サービス(実質的に同一のサービスを含む)を再開しない。
3.被告が第1条、第2条の確約をしたことに鑑み、原告らは、被告に対し、本件に関し損害賠償を請求しない。
4.原告ら(レコード会社ら)は、被告に対して権利侵害が生じている旨の通知等を一切することなく、本件訴訟を提起した事実を認める。
5.原告ら及び被告は、本件に関し、互いに誹謗中傷はしない。

和解は、被告のミュージックゲート社が原告レコード会社らに対して権利侵害を認め、TUBEFIREの再開あるいは同一サービスを行わないことを前提に、原告らは損害賠償を請求しないという内容だ。不思議に感じるのは、ミュージックゲート社が権利侵害を認めているのに、レコード会社側が賠償請求を放棄している点だ。権利侵害に対して賠償を求めた訴訟なのに、相手が認めた権利侵害に対して賠償を請求しないのは、どういうことか。

証拠提出ファイルは121点

この訴訟は、ミュージックゲート社が運営していたサイト「TUBEFIRE」において、動画投稿サイト「YouTube」より、レコード会社が権利を有する特定アーティストの音源や動画約1万ファイルが、許諾なく複製され、ミュージックゲート社サーバーに保存され、少なくとも2カ月間はダウンロード可能な状態にあったとして、原告レコード会社らがJASRAC使用料をもとに2億3000万円の支払いを求めたものだ。これに対して被告ミュージックゲート社は、TUBEFIREで提供しているサービスはダウンロードサービスではなくYouTubeのファイル形式を変換するサイトであり、ファイルを自ら管理するサーバーに複製・保存している事実はないと反論していた。ミュージックゲート社はTUBBFIREの著作権保護システムを含むプログラムソースを裁判所に提出して、YouTubeと同等の著作権保護システムが機能していたと主張した。TUBEFIREユーザーがYouTube動画のファイル変換を行う際、該当動画がYouTubeで視聴可能な動画なのかを自動的に判別し、YouTubeにおいて著作権上の問題等から視聴が不可能になっている動画については、ミュージックゲート社のサーバーにその動画のキャッシュが残っていたとしてもファイル変換が行われない機能を備えていると明らかにした。

ミュージックゲート社の主張に従えば、TUBEFIREはYouTube動画をYouTubeとは異なるファイル形式に変換して配信するYouTubeを「補完」するサイトであり、その著作権保護のシステムはYouTubeと同等であった。よってYouTubeにアップロードされた著作権侵害動画が削除されていればTUBEFIREにおいてもファイル変換は行われず、逆に著作権侵害動画でもYouTubeで配信されていれば、TUBEFIREにおいてもファイル変換が行われていたと考えられる。原告側は「動画投稿サイトから削除されたはずの違法動画がTUBEFIREからダウンロードできている実態があった」(日本レコード協会)とし、著作権侵害ファイルは1万点にものぼると主張していた。しかし、証拠として法廷に提出された本件訴訟対象のファイルは121点にとどまった。和解において、ミュージックゲート社側が著作権の侵害を認めたのはこれらファイルである。121点のファイルであっても著作権侵害があったのであれば賠償を請求することが訴訟の趣旨から言って妥当ではないかと思うのだが、原告レコード会社側が賠償請求を放棄して和解したのはなぜなのだろうか。

なぜYouTubeを訴えなかったのか?

その理由として考えられるのは、ミュージックゲート社が著作権侵害を認めたファイルは、TUBEFIREの著作権保護のシステム上、YouTubeにおいても同様に著作権侵害を行っていたファイルだからではないか。そうだとすると、YouTubeと同等の著作権保護システムが機能していたミュージックゲート社に対して損害賠償を請求する一方、YouTubeを運営するグーグル社に対して何もアクションを起こさないのではレコード会社側の姿勢が問われかねない。また、YouTubeには権利侵害フォームによる通知システムやコンテンツIDによる公開ブロックなどの著作権保護措置がとられており、TUBEFIREにおいてもYouTubeの著作権保護の最新情報を反映させてサービスが行われていたのであるから、レコード会社が十分な保護措置を講じていれば権利侵害ファイルはYouTubeあるいはTUBEFIREでの配信を即座に停止させることが可能であったはずだ。和解条項に「原告らは、被告に対して権利侵害が生じている旨の通知等を一切することなく、本件訴訟を提起した事実を認める」との一文が盛り込まれているが、これは原告側が権利侵害に対して十分な措置を講じていなかったことを認めた内容であり、この点も賠償請求を行わずに和解に至った理由と考えられる。

訴訟が提起された当初から、なぜ、レコード会社は違法ファイルの流出元であるYouTubeを運営しているグーグル社を訴えずに、ミュージックゲート社を訴えるのだろうか、という疑問があった。レコード会社側は、「動画投稿サイトから削除されたはずの違法動画がTUBEFIREからダウンロードできている実態があった」とし、YouTube上に違法アップロードされた権利侵害ファイルをミュージックゲート社が独自にサーバーに複製・保存し、YouTubeから動画が削除された後も権利侵害を長期に継続して行っていたとの主張をしていた。しかしながら、TUBEFIREはYouTubeと同等の権利保護機能を備えていることから、YouTubeを超える権利侵害を行なっていたとは考えられない。そうであれば余計に、なぜ、レコード会社は流出元ではなく、2次的なサービス事業者を訴えたのかということになる。

訴訟ありきで突き進んでいるように…

株式会社ミュージックゲートの代表は、昭和のアイドル、キャンディーズの楽曲「春一番」「微笑みがえし」などの作詞や作曲で著名な穂口雄右氏。穂口氏は日本音楽著作権協会(JASRAC)の元評議員でもある。穂口氏は、2013年2月にnonfiction Jに文章を寄せている。「著作権高額恫喝訴訟の『わな』、だったかな?―ちなみに『だったかな?』はキャンディーズの『わな』という曲の歌詞の一部です」とのタイトルの寄稿文の中で穂口氏は次のように記している。

レコード会社31社の準備書面は最初から杜撰だった。いったいレコード会社31社の弁護団は何を考えているのだろう。私には疑問だった。証拠も貧弱だし、彼等は「TUBEFIRE」の著作権保護システムの存在さえ分かっていない。充分な調査をしないで、ひたすら訴訟ありきで突き進んでいるように見える。一体全体どうなっているのか? もちろんレコード売上げの減少のことが訴状にも書いてあった。しかし、だからと言って、このように杜撰な訴訟では結果が覚束ないだろう。そもそもレコード売上の減少と「TUBEFIRE」は何の関係もない。本当に31社の意思なのか?

日本レコード協会は2011年8月に「国民の70%が動画サイトを利用、音楽ファイル違法ダウンロード年間12億円」と題したプレスリリースを発表している。これは、2011年4月に設置された「動画サイトの利用実態調査検討委員会」の調査結果を報告したものだ。ちなみに同員会の委員には鎗目雅・東京大学公共政策大学院准教授、高野ひろみ・東京都地域婦人団体連盟専門委員、太下義之・三菱UFJリサーチ&コンサルティング文化政策センター長、吉田奨・ヤフーネットセーフティ企画室長、杉本誠司・ニワンゴ社長、寺崎圭太郎・日本レコード協会アドバイザーらが顔を揃え、座長は東京大学名誉教授で、2014年1月に亡くなった濱野保樹氏が務めていた。また総務省、文化庁、経産省がオブザ―バ―として参加している。調査主体は三菱総研が担い、日本レコード協会が事務局を務めているが、事実上、業界が主導して行った調査と考えられる。

この報告書では、結論(キ―メッセージ)として以下の点をあげている。
・インターネットを介したコンテンツ消費ツールとしての動画サイトは、もはや社会インフラとして消費者に深く浸透している実態が明らかとなった。
・視聴されるコンテンツはとりわけ音楽コンテンツの比率が高い。
・ダウンロードされているファイルの多くが違法性を有するコンテンツであり、その総数は年間12億ファイルに上る事が推計された。
・動画サイトは音楽の接触機会やニーズのマッチングを高め、便益が拡大している傾向がみられる。
・音楽の消費行動の一部を動画サイトが代替している可能性が予想される。
・動画サイトは音楽CD/DVDの購入、レンタル、有料配信への支出にはマイナスの影響を与えている事が推測された。

平たく言えば、YouTubeに代表される動画サイトは社会インフラとして認知されるが、既存の音楽コンテンツに対しては違法ファイルのダウンロードによるマイナスの影響が大きく、消費行動にも影響が出ているというものだ。日本レコード協会が発行する機関誌「THE RECORD」の2011年4月号は、ニューヨークで国際レコード産業連盟の中央理事会が開催されたことを伝えるとともに、出席した日本レコード協会会長らが「動画共有サイトから大量の不正ダウンロードが行われている実態を報告し、このようなダウンロード行為を支援するウェブサービス等への対策に関する協力を要請した」と記している。レコード業界はYouTubeを社会インフラとして認知する一方、そこから発生している違法ファイルの流出阻止に躍起となっており、ミュージックゲート社に対する2億3000万円にものぼる高額の賠償金請求訴訟は、その象徴のような訴訟であった。

IT化に翻弄されているレコード会社

しかし、結末は賠償金0円による和解だった。業界側が和解で得たものは、今後、同様のサービスは行わないとの言質をミュージックゲート社側からとりつけたことかもしれないが、ミュージックゲート社側は「スマホ全盛に時流が動いていることからTUBEFIREのサービスを再開するつもりはもともとなかった」と意に介した様子はない。提訴から3年を経てITテクノロジーはさらに変化を遂げている。世界的なIT化が日本国内にどのような変化をもたらしているのか、そういう視点からミュージックゲート訴訟に注目してきた。日本国内のそうそうたる大手レコード会社がこぞって、名も知れぬIT企業に2億円を超える巨額賠償金請求を突然、突きつけること自体、異例なことだが、その結果としてなんの賠償請求もなく和解が成立するというのもまた異例ではないだろうか。

音楽業界にとどまらず、テレビや出版などソフトコンテンツを担っている大手メディア企業は、IT化を歓迎しつつもIT化に伴う業界の変革には拒否反応を示し、自らを守ることに躍起になっているように見える。大手企業の優位性を守りつつIT化を進めようとしているが、その道程はいまだ道半ばである。ミュージックゲート訴訟から垣間見えたのは、IT化の波に揺れる国内レコード業界の翻弄ぶりと自らを守ることに必死になっている姿だ。しかし、皮肉なことに、その音楽業界において「握手券商法」がメジャー化し、これら「ビジネス」における収益は事実上、握手券等の販売によるものなので、レコード会社自身がコンテンツビジネスから逸脱し、コンテンツの価値を低下させている。世界的なIT化の前で既存大手企業は「保守化」しているのではないだろうか。一方、株式会社ミュージックゲート代表の穂口雄右氏は和解を受けて「インターネットを活用することで、世界に開かれた日本になることを希望します」とのコメントを残している。